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ロッキン神経痛のブログ

脳みそから出るアレをこぼさずジップロック

アウトプットするのって難しい!

 誰にも頼まれてないのに書き始めたブログが気付いたら3ヶ月目になっている。「毎日書くぞー!目指せ人気者!」なんて思ってたのに、やっぱりそうはいかないもんで、自分の思った事や考えた事を、人が読んでも分かりやすい文章にする事って、改めてとっても難しい事だと感じる。例えば僕が脳内に思い浮かべた事をそのまま垂れ流すだけだと、狂人の手帳みたいになっちゃうし、どこまでも分かりやすく、読みやすく、なるべく人を不快にさせないように、自分の汚さを見せないようにと気をつけると、今度はどこにも僕が存在しない、全く気持ちのこもってない実に小奇麗な文章ができ上がってしまう。そんな事を勝手に悩みながら書いていて、その両極端に振れたボツ記事がいくつも出来上がってしまった。

 

 ただ丁寧に、小奇麗なブログを書いていくのも、ブログという自由な道具の使い方としてはアリなのかもしれない。だけど僕がここに書きたいのは、数年後に自分が読んで懐かしくも楽しくなるような文章だったはず。ただの思考の垂れ流しでもなく、本音をオブラートどころか、あぶらとり紙で包んだような毒にも薬にもならない文章でもない。僕は昔から現実でもネットでも、やたらと人の目や評価を気にしすぎる性格で、勝手に思い悩んで、勝手に苦労して、最後は誰も気にしてないのに自爆して、自分で輪から離れて行ったりを繰り返してきた。でも周りは、僕が自爆したのにも気付かないどころか、居なくなった事にすら気付かない。実際僕の事を見ている人なんて居ない。世の中ってそんなもんなのだ。

 

 僕はいい加減、こういったつまらない鎖から自分を自由にしてあげたいと思う。そもそもネットに物を書くのは誰の許可もいらないはずだし、どのように自分を表現していくのかもまた、決めているのは自分自身のはずなのだから・・・とは頭で分かっているのだけれど、性分はなかなか変わらないのかもしれない。人の目を気にしない、ある意味傲慢な人間として産まれてきたかったと思う。でも変わらないかもしれないけど、変えてやるという強い気持ちで、今日も自分自身を書いてやるのだ。

 

 いつもなら、こんなエモい文章は、すぐボツフォルダに入れてそのままにしちゃうんだけれど、あえて今回は、自分の為にも公開して後悔してみようと思う。ちなみに後から読み返して一番つらくなると思うのは、今の上手いと思って付け足した駄洒落の部分だろう。公開と後悔という、同音異義語によって言葉の面白さを引きd(文章はここで途切れている。

 

 

国光オブラート 丸型特大 200枚入
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