ロッキン神経痛のブログ

脳みそから出るアレをこぼさずジップロック

バリ島へ行った話

 結婚式が終わり、衣類書類その他脳が認識することを拒むエトセトラに埋もれた我が家に帰ってきた。ああ果てしなく楽しかった。そして疲れた。もう一回やれって言われたら泣いちゃうかも知れない。
 しかし、色々な思い出を振り返る時間はない。行くからだ。
 どこへ?
 インドネシアバリ島へ。
 何しに?
 んなもんハネムーンに決まってんだろ!

 

 翌々日、金沢から成田空港へ深夜バスで。
 じゃなくて部屋の窓を体当たりで壊して、舞空術で成田空港に到着した。途中、「これならこのままバリ島まで行けるんじゃない?」って話になったので航空券はキャンセルして生身のまま国際第2ターミナルから離陸した。パスポートを見せろなどとうるさいことを言う出国管理官は全員殺した。

 

 で、インドネシアバリ島に到着。
 暑い、暑い、想像の12倍くらいバリクソ暑い。名前にインドって付くだけあるなおい。

 

 初めての土地にて乳児のような不安な顔で辺りを見回していると、日本語ペラペラなガイドが手を振って近寄ってくるのが見えた。名前はキューさん。開口一番彼は本日のバリ島の気温が35度だと言った。35度? 半身浴でもしてるの? 耳を疑った。

 

 あ、超余談だけど離陸前にアマプラでダウンロードして飛行機内で見た(前述の設定無視)映画がすっっげー良かったよ!

 「100円の恋」って映画。絶対みんな観た方が良い。万引き家族の嫁役の女優さんが主演。本質的に強い女の話だよ。良いよね、強い女って。男は所詮、どこまでいってもハリボテだからさ。

 

 話を戻すと、バリはクソ暑い。12月だからと思ってユニクロのブロックテックに長袖シャツ、デニム姿で空港に降り立った僕は死を予感した。このままでは炎天下のガリガリ君のように表皮だけを残して身体が全部溶けてしまう。ゆえに僕は望んだ、新しい服を。


 で、やって来たのはウブド市場。相場の3倍の値段(後に分かる)のタクシーに笑顔でお金を払い、降り立った場所で相場の10倍の金額(後に分かる)を提示する土産物屋と交渉。ベテラン旅人としての天才的手腕で相場の3倍の値段(後に分かる)まで下がったシャツを2着買った。僕は何ともお買い物上手なのだ。
 さっそく配偶者と共に新しい服に着替えた。余談だが、この服は後に洗濯を共にした白シャツを青く染めることになった。
 で、キューさんにお願いして地元の相場の5倍(後に分かる)くらいの高級レストランに連れて行かれてランチを食べた。ここのミーゴレンがウルトラ美味しかったので、僕はバリ人になろうと思った。高いレストランなだけあって、後にここを越えるミーゴレンは食べられなかったが、ミーゴレンの基本満足パラメータは高い。
 後にインスタントミーゴレンをお土産に買って帰った。今後の人生で主食にするためだ。
 
 勿論、美味しかったのはミーゴレンだけじゃない。バリはグルメの宝庫だ。海に囲まれているからか、海鮮は新鮮で美味しい。各地にインチキでない寿司屋も多かった。どこから輸入してくるのか、各地にはステーキ屋が溢れ、KFCバーガーキング(重要)まで出店してきている。(ちなみにチキンには必ずおにぎりが付いてくるのがインドネシアの常識らしい。笑う)しかし何より、ここは南国。南国といえばあれが美味い。

 

 そう、フルーツジュースである。
 ……あれはまだ、20歳くらいの頃に行った真夏の台湾だった。

 脳が熱に焼かれ体が脱水症状を訴える中、道端のスタンドで飲んだマンゴージュース。あれに出会って以来、僕は南国に行くとフルーツジュースを求めてしまう体質になってしまっている。

 故に今回も配偶者と共に、マンゴージュースを、スイカジュースを、グァバジュースを、ミックスジュースを、飲んで飲んで飲みまくった。そして、当たった……!

 

 下腹が少しだけ痛い、そして空腹にも関わらず満腹感がある。

 つまりは腹が張っている。
 これは今まで複数回経験した食中毒の症状と同じだ。主に発展途上国でアイスとフルーツジュースを飲むと窓に小石を投げてきて遊びましょーとやってくるお友達がやって来た合図だ。
 今回もすぐに分かった。「よお、久しぶりだねえ」腹をさすると食中毒くんが内側から手をぶんぶん振っているのかズキズキと痛んだ。

 

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 配偶者は初めての食中毒に苦しみ、ほぼ気絶していた。

 とにかく休むことに努めて、持参した薬も飲んだ。完全回復までには丸2日程かかった。バリ島ではこれをバリ腹と呼ぶらしい。どうやら島の洗礼を受けてしまったようだった。

 

 そんな洗礼もあった上、11日間の旅程だと、徐々に疲れが溜まってくる。ハネムーンきっかけで結婚したばかりの夫婦が別れる成田離婚なんて言葉があるけれど、周囲と言葉も通じない場所で長期間一緒にいればそれなりのトラブルやストレスがあるのも当然だ。

 例に漏れず僕達もバチバチと何度か火花を散らし、一時はすわ第三次世界大戦かと思われたが、同じホテルに宿泊していた富裕層のアメリカンがメタボリックな腹を揺らしながらビール片手に楽しげに踊っている姿を見て、心に最終的なフロンティアが訪れた。

 

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 その他ここに書き切れないものを見て、味わってきた。かつてキューバのリゾート地でGoProとiphone6を無警戒で盗まれた経験のあるクソ馬鹿こと僕は、今回新調したばかりのiphon11を手に警戒心を剥き出しにしながら現地に入ったが、どこに行ってもバリ人達は穏やかで明るく、そして優しい人ばかりだった。

 勿論、中には胡散臭いやつも一定数居るけれど、そんなの世界中どこも同じだ。途中から僕は必要以上の警戒心を解いて、ホスピタリティと良い意味での田舎臭さの残るバリの人々と積極的に交流をした。皆がバリを好きになるのが分かる。そんな素晴らしい土地だった。これからも続く人生の圧と日本の肌寒い冬を忘れさせる楽しい旅になったと思う。

 

 で、旅の最終日に爆買いしたお土産類を両手いっぱいに持って、2人で舞空術で帰って来た。ぐっちゃぐちゃの部屋に荷物を投げ出すと散らかった部屋の情報量が更にハネ上がってしまったけど、これはこれで悪くないと思っている。今はそんな気分だ。