ロッキン神経痛のブログ

脳みそから出るアレをこぼさずジップロック

コロナに日常が持ってかれた話

 2月上旬に始まった中華人民共和国武漢発の新型ウイルスが、あれよあれよこれよこれよという間に豪華客船と共に日本にやってきた。

 海の向こうから見えない何かが船に乗ってやってくる。何それ宝船? 七福神? 千と千尋じゃーん、なんてへらへら笑っていると、突然世界経済が心不全を起こし始めた。これが僕とコロナとの初の邂逅だ。ダウがサーキットブレイカーで停止し、日経平均はじんわりと沈んだ。(ちなみに僕は株を人並み程度にたしなんでいる。大体下手くそだけれど、ここ数年はアベノミクス相場の余波のおかげか、ある程度勝ち越しているのだ。訂正、いたのだった)

 メガネヒゲ白人老人のチキン屋さんで抱えていた笑って許せる程度の含み損が、真顔で小ゲロを口に含む程度の含み損へ、そして笑うしかない含み損になるのに1週間かからなかった。えっコロナ怖い、なにこれ怖い。

 僕はこうしてコロナからファーストコンタクトでいきなりボディブローをくらった。コロナはいわば言葉が通じず常に目が据わっていて笑いのツボがおかしい本当に怖いタイプのヤンキーだったのだ。その後、なんやかんやあってお金は元に戻ってきた後、本日さっき大変くだらないミストレードをして再び天に召されつつある。みなさん、出来ることなら相場の世界に入ってくるのはやめよう。特に変に几帳面で負けず嫌いの君は絶対に足を踏み入れてはいけない。(ちなみに僕はもうだめだ、この楽しくも恐ろしく金のかかる趣味は一生続けざるを得ないと思っている)

 

 脱線した、話を戻そう。

 3月上旬になった。間接的にコロナの被害を受けただけで、僕の日常は何も変わっていなかった。世界中で感染者が増え続けている! なんて報道はあるとはいえ、今日もテレビではくだらないドラマの番宣をやっているし、夜になると外壁の薄いマンションの外から酔っ払いたちの笑い声が聞こえている。実家のオカンはロックダウンに備えて冷凍庫を買っていた。僕にもある程度受け継がれているその尋常でない行動力に呆れ半分で感心した。

 毎日朝起きて、youtubeで誰かが違法アップロードした、すべらない話や談志の落語を聞き流しながら会社に行く。ため息ひとつと共に一日仕事をして帰る。時々日付をまたぐこともある。配偶者は夕飯を用意してくれて、今日もPS4でAPEX LEGENDSをしている。ちなみにコロナと全く何も関係なく突然勤め先が対消滅して会社都合の無職になって暇をした彼女は、FPS好きの僕が薦めるままにゲームを始め、コロナ騒動以後は更に家で籠り続けて間にメキメキバリバリモリモリプレイをして目に見えて圧倒的にプレイングが上手くなっている。針を通すようなエイミングと立ち回りを見れば分かる。既に明らかに僕より強い。くそ、継続は力なりって本当だったんだ。僕は感動すると共に大変嫉妬している。

 

 そして今、4月下旬。

 相変わらず僕たちの平和な日常は続くのであった、とは言えない現実が目の前にある。浮世離れのあまり普段はドラえもんばりに地面から数センチ浮いて過ごしている僕にも、流石に、この渡来菌が想像以上に(特に経済的に)やばいことは理解出来るようになっていた。世間のパニックはじわじわと僕の日常にも侵食している。通勤中、外に誰も歩いていない。マスク不足で個性ある布マスクをしている人が職場に増えた。ランチタイムに外に出ても開いている店がない。仔細は伏せるが、コロナ関係で増えていく仕事越しに、どうやら世間の人々が生活がままならずに苦しみ始めていることも分かってきた。

 先は見えない、なのにこのウイルスのこと自体はほとんど何も分かっていないに等しい。これは世界中が不安になるのも仕方ないだろう。

 宝船に乗ってきたのが、目が200個付いたプレデターだったら分かりやすくて良かったのにと思う。それなら一億人がショットガンを携えて戦うB級ホラーで済んだ。でも、一体何がやってきたのか分からないまま、人が死んで経済が止まっていくのはダメだ。オチが想像出来ないまま、目に見えないものに追い詰められていくのは本当に怖い。

 どうやらそう簡単に日常には戻れなさそうだぞ、という予感に気を引き締めつつマスクを付ける。でも1年もすれば、案外平和過ぎて笑えるような退屈な生活に戻っているかも、なんて期待もしている。

 いずれにせよ人生は続いていくので、恥ずかしくない程度に生きていこうと思う。

 トイレットペーパーの残量に気をつけながら。