ロッキン神経痛のブログ

脳みそから出るアレをこぼさずジップロック

ブータン王国へ行った話(3)

「美味しい! けどクッソ辛いですね!!!」

 

 国際空港から車で30分弱。恐ろしく舗装がされていないボコボコの山道を進んだ先、鮮やかな内装が特徴的なカフェに連れられた僕達は、豆腐や鶏肉を具材とした緑色のスープを前に悪戦苦闘していた。しかし何を食べても辛いので、結果的にパンをちょびーっとスープに浸して食べるという形に落ち着いたところだった。

 

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 ブータンの料理は、基本的に辛い。
 理由は単純、あらゆる料理に唐辛子がふんだんに使われているせいだ。
  
 出された料理は基本的に残さず食べるという日本の食育の模範生たる僕は、何度かやせ我慢をして目を血走らせながらトライしてみたのだけれど、結果あんな美味しそうな(しかし辛い)料理の数々を残す結果になってしまった。無念。
 唇を3倍の大きさかつ真っ赤にしながらガイドのドルジさんに辛さを訴えると、観光客には良くあることらしく、慣れた口調で答えてくれた。

 

「これでもだいぶ、辛さは抑えてあるんですよ」

 

 既に一口に対してコップ一杯の水を欲する辛さなのに、これより上があるというのか。恐るべしブータン料理。
 ちなみにドルジさんに言わせると今僕達が食べている辛さ程度じゃブータン人は何も感じないそう。はは、マジかよ口が麻痺してんじゃねーのか? 身体大丈夫か?
ということをオブラートに包んで尋ねると、彼は少し前に唐辛子の食べ過ぎで胃が悪くなっていると医者に言われ、以来辛い物は控えめにしているとの回答を得られた。
 ドクターストップ受けてる。全然身体大丈夫じゃない。実際口が麻痺してんのだ。
 
 ちなみにこの日から、僕の口癖は「Is this hot?(これどうせ辛いんだろうが?おい?)」になる。ちなみに答えは大体イエスだ。結果僕は肩を落としてがっくりしながら、パンとポテトサラダを口に運ぶのだった。
 しかし不思議なことに、この後も3食辛いブータン料理と少しずつ向き合い、時にヒーヒー言いながら食べていく内、突然味覚のブレイクスルーが起きることになる。

 

「うん、もう平気かもしれん」

 

 そう言って先にエターナル総書記が辛さの向こう側に到達し、
 マジかよ、舌が壊れちまったのか? と怪訝な表情をしていた僕も半日程遅れてブータン料理が平気で食べられるようになった。(とは言っても、受け付けないレベルの辛さの料理もあるが)人間の体ってすごい。

 そして、ブレイクスルーを経た後のブータン料理は、これが誠に美味しいのである。
 特に野菜を辛いソースで焼いたやーつが美味しい。じゃがいもはどれもホクホクで最高だ。人参も甘くて柔らかい。辛さを抜けば、あまりにも口に合うもんだから驚いた。
じゃがいもが美味しい国に悪い国はない。ブータンは速攻で僕の第2の故郷になった。

 

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道端至る所には大麻が自生していた

 

 日が変わり、また次の目的地へ。
 ホテルの名前が毎日変わっていることに気づいたのは3日目のこと。旅行日程をまともにチェックしないズボラな僕たちは、やっとこの事実に気づいた。
 やっとここで確認してみると、2週間ある旅程の内、連泊するホテルは1カ所しかなさそうだ。つまり、僕たちは毎日荷物を部屋で広げては仕舞い続けなければならないのだった。これはかなり精神的に疲れる。

 段々と顔色が悪くなっていく僕たちを乗せて、ガタガタと車は恐ろしい山道を進んでいく。舗装されている道は全体の30%くらいだろうか。石くれと土が剥き出しになった道路は、ガードレールもない。いや、あるにはある。
けどその9割が竹製だ。

 

『ここから先に行ったら、車は直滑降してお前は死ぬよ!』

 

 という目印に過ぎない。
 実際、数日前にトヨタピックアップトラックが2台まとめて落ちたという話をドルジさんより笑顔で聞かされた。馬鹿野郎、今ここで言う話かクソが!

 尚、ブータンは国の方針で、自然を守るために山にトンネルを作らないらしい。ゆえに細い一本道の道路が、左右どちらかに落下即死の崖を見ながら、どこまでもくねくねと続いていく。

 

 道路の真ん中には、時に4~5メートル級の落石がゴロゴロ落ちていて、それをレーシングゲームよろしくドライバーがギリギリで避けていく。

 

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 ある時など、車一台の道幅しかなかったこともある。

 当然反対側は崖だ。それでもドライバーは当然のように進んでいく。冗談抜きで死ぬかと思った。
 しばらくして、それでも先に進めない程ひどい土砂崩れに出くわした。しかし30分くらいすると、どこからともなくコベルコ製のショベルカーやブルドーザーがやってきて岩をどかしてくれる。そしてゆっくりとまた、僕たちは霧がかった恐ろしい道を進んでいくのだ。僕はそこで、やっと不思議に思ってガイドのドルジさんに聞いてみた。

 

「どうしてこんなに落石が多いの?」

 

「ああ、ダイナマイトで山を削って道を作っているんですよ」

 

 ダイナマイトで山を削る、それ自体は聞いたことのある話だが……

 僕は改めて土が剥き出しの切り立った山を見てみた。なるほど、今気づいたが、どこもかしこも擁壁工事がされていないではないか。
 日本では考えられない光景を見て、改めてここが異国だと思い知る。しかし、何故だろう。山しかないブータンで擁壁の概念がない訳がないだろうに。そう尋ねると、

 

「そうですね、いずれNGOが作ってくれると思いますよ」

 

 そう言ってコカコーラをぐい飲みするドルジさん。
 つまりは国の唯一の基幹道路というインフラが国際機関頼みなのだ。
 日本の感覚では想像もつかなかったが、単純に金がないのだと知った。小さな農業国ブータンは、とても貧しい国でもあるのだ。

 

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 トンネルを造成するだけの費用がないために、道路はその後も山裾を延々とぐるぐる回り続ける。常に体の重心が左右にふれている。

 そのせいだろう。

 ある日の昼食後、車酔いに強いはずだった僕はついに路肩で食べたばかりのポテトと再会することになった。
 ブータンの悪路は想像以上に身体にダメージを与えていたのだ。

 車を途中で停めてもらい、山道の途中の沸き水を口に含む。がらがらとうがいをすると、だいぶ楽になった。えづく僕の隣で、ガイドのドルジさんは微笑みながら

 

「スピリチュアルなパワーが沸いてますからね」
 
 と、何の気もない風に言っていた。
 この場だけではなく、彼は事あるごとにブータンの各地で超自然的な力のことを口にした。その口調は全く冗談風ではなく、信じる信じないですらなくて、人間の知らないパワーが存在することを、当然に受け止めている感じだった。

 それが、先進国常識疲弊労働者たる僕には新鮮で面白かった。
 実際、標高2,000メートルの山しかないブータンの神秘的な景色を見ていると、神様(ブータンは仏教国なので仏様だろうか)にだって会えそうな気すらしてくるから不思議だ。

 

 僕は吐瀉物まみれの口をもう一度湧き水でぬぐい、苔生した岸壁を眺めた。何の観光地でもないこの山道の風景が、帰国後も忘れられないブータンの一風景になった。